「人のためにあれ」

It's not about you.(人のためにあれ。)


Doctor Strange. Directed by Scott Derrickson,Marvel Studios,2016.林完治

 映画「ドクター・ストレンジ」で、エンシェント・ワンがドクター・ストレンジにいう一言。とても感動するシーンなのだが、当時観たときに、そうか?という気持ちがあった。だが最近、太極拳を習ったことで、こういうことかと思ったので書く。「ドクター・ストレンジ」まだ観ていない人はDisney+を契約するか、ゲオで借りて観てよう。映像がすごくてとても面白いので。
 エンシェント・ワンの言葉は、冒頭で、傲慢な性格のストレンジがクリスティーンに言われる言葉

Everything is about you.(自分がすべてなのよ。)

 

Doctor Strange. Directed by Scott Derrickson,Marvel Studios,2016.林完治

 これと対になっている。エンシェント・ワンに会うまでのストレンジは凄腕の外科医だが、人命よりも功名に重きを置くイケ好かない奴だった。勿論それだけではなくて、命を助けるために絶対に失敗できないという善い心とそのための探求心を持っている。だからこそ、その力を人のために使いなさいと語ったのだ。
 それはそう。それはそうなんだが、あまりに説教臭いというか、自分で得た力を自分のために使ってもいいじゃんという気がして、「自己犠牲」や「無私の精神」が正しいとは思えなかった。スタイリッシュな見た目に反して、結構泥臭い戦い方をするストレンジを見ると余計にそう思った。マーベル映画もヒーローものも大好きでよく観るが、大義のために自分はどうなってもいいという精神性はストーリーのロマンではあるが、同時に懐疑的だった。
 ところで太極拳を4年くらい習っている。強くなりたい……、というふわっとした理由で始めたが、これがかなり楽しい。運動が昔から全くできなくて嫌いだったが、ハマっている。太極拳を少しずつ理解していくにつれて、エンシェント・ワンの言葉を考え直すようになった。
 太極拳も武術なので、エンシェント・ワンが教える、あのー、武術と魔術のハイブリッドみたいな、拳法みたいなやつに似ている。自然の流れに従い、それと同時に自分の意思で動く。
 そして大切なのが、自分の芯がブレないこと。頭のてっぺん(百会)が天と繋がり、尾てい骨が地と繋がるように、柱が一本通っているように姿勢を真っ直ぐに保つ。どんなに前へ進んでも、後ろに下がっても、片足になったり、外から力が加わっても、この芯は真っ直ぐに保ち安定するということが大切なのだ。
 つまりパワーを出すとは、自分の芯が充実してから、その芯を保ったまま行動するということだ。パワーを込めて行動するには、まず自分にパワーを充実しなくてはいけない。自分にパワーがないのに、人のためになんて力を出せない。エンシェント・ワンの言葉を、自分のための行動か、人のための行動かという二元論で考えていたが、そうではないのかもしれない。自分のための行動のもう一歩先に、人のための行動があるのかもしれない。
 最初にエンシェント・ワンの言葉が気に食わないと思ったのは、ヒーローに強い憧れを抱きつつも、誰かのために何もできない自分が情けないから拗ねていたのだと思う。誰かのために何かできるって本当にすごいと思うし、自分がそういう人間であれたらいいなと思うので。だが、自分にさえ力を充填していないのに、人のために何かしようとしたら余計疲れてしまう。太極拳を習いながら、私に足りなかったのは私自身に力を注ぐことだったのかと気づいた。
 だがまあ、気づいたからといって一朝一夕でできることではないな。気持ちを集中するのも難しいし、その日の体調とか気分とかもあるし、もうダメな日もある。でも、だから「修行」なんだと太極拳の先生は仰っていた。ストレンジも「研究と実践」っていってたし。人に力を分けられる日が来るように、今日も少しずつ自分へ力を注ぐ。